2002-2003新着情報 |
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概要 |
オートボルテージュ(Haute
Voltage)とは音楽をバックに行うフリースタイルの曲技飛行のことである。飛行技術のみではなくフィギュアスケートのように音楽とのマッチングももちろん審査の対象となる芸術性の高いスポーツである。
2002年の今大会は11/1の金曜日が公式予選、11/2がファイナル、11/3がスーパーファイナルというスケジュールになっている。予選ではファイナルでの順位が決まりファイナルで高得点だった上位3人がスーパーファイナルに進み今回の優勝者を決めるという流れになっている。
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また各曜日は午前と午後に大きく分かれて競技とオープニングが午前中に行われる。また午後は各曜日とも共通でリリーホーンのサックスライブがあった後にオートボルテージュ・ミュージカルと題して各パイロットが参加する飛行機があたかも俳優であるかのごときエキシビジョンが行われる。
各曜日ともフライトが終了すると南滑走路のハンガー脇で機体の公開とパイロットに会うことができるフライトガーデンが開催される。ただし土曜日と日曜日はとても混むことを覚悟しなければならない。
また日曜日に関しては特別に朝と昼に一度ずつブルーインパルスジュニアの演技?が行われた。今回も解説は前回と同じくシュナイダー誌の後藤さんが行った。
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金曜日 公式予選 |
今年は前回の反省から前日についてゆっくりとした。この日は9:00にツインリンクについてゲート目前に余裕を持って駐車することができた。とはいっても例年よりはやや車が多いような気もする。
初日は天候不良であったが、競技は行われた。寒さは思っていたほどではないが雨を避けるためにスタンド下を選んだ。後日の晴れた日では朝ついたときはスタンドが日に照らされて暖かいくらいだが、こういう日でも朝9時を回るともうスタンドが太陽から影になりだし寒くなるのでかならずセーターと厚いジャンパーは持ってこなければならない。
さらにこの日は大会開始直前に雨がぱらつきだしてきた。こうしたときはスタンド直下(最上列)に陣取っておくと後ろから3列くらいは軽い雨なら避けることができる。
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まず今大会はモーターパラグライダーを使用したスペインのチーム・パラダックスから始まった。
このチームはアクロというよりは解説の方が言ったように空の舞踏家という形容をしたほうが正しいように思う。サーキットの上空を6機ほどのモーターパラが見るものの視界いっぱいに飛び回り、あるときは単独であるときは身近な機体とフォーメーションを組み、あるときは新体操のようにリボンを曳航して飛び回る。
現地では夜中にみな黒の服を着て飛び、突然花火に点火したりメンバーにスタントマンがいて人をぶらさげて飛んでそのひとにライトを当ててスタントマンが単独で空を飛んでいるように見せて驚かせたりするそうだ。 |
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次はやはり初登場のマイクロライトアエロバティックスチームのフライトである。
マイクロライトはモーターハングに近いものだが、固定脚によって離着陸することで区別されるそうだ。
実際近くによるとハングのようにバーを使ってコントロールしているのがよく見える。また近づいたときに手を振ってくれるのもよく見える。
あまり大きな機動をすることはないがタイトなフォーメーションを作って飛行を披露した。 |
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日本からはヘリコプターのアクロチームであるアルファフライトがエントリーしている。そして午前は2002年オーストリアの大会で優勝したチームリーダーである青山氏がその大会のときと同じ演技、同じ音楽を使用してのソロ演技を披露してくれた。
ヘリはR22を使用している。このロビンソンは個人用ヘリとして話題になったものでセスナのエンジンを流用していたと思ったけれども、非力さをカバーするようなダイナミックな技とヘリならではの機動で楽しませてくれた。 |
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初日のトップを飾るのは昨年不参加であったユルギスだがこのときはまだ雲が低い状態で満足なものではなかったようだ。彼はJUKAという自身の専用機を開発していたが今回はSu31に400馬力のエンジンを積んで参戦した。 |
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ベゼネイはスピード感ときれのよさを見せてくれこの日はトップで通過した。次にチュマルがつづきフォーメーションのトップはマタドールズである。これは昨年までスホーイデュオといっていたおなじみのメンバーであるが、ことしはどうやら打倒ブルズ(牛)ということでマタドール(闘牛士)と名前を変えたとか・・・ハートを描いて観客を沸かせていた。
そのブルズは今年から昨年のリーダーのジリ・トラスティに代わって女性がリーダーとなっていた。二児の母ということである。ブルズは上方開花などの技をみせたがこの日は残念ながらマタドールズの雪辱なって次点にとどまった。 |
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しかし午前中の演技も徐々に天候が悪くなっていき、最後のシュロットのときには雲が低すぎてもはや演技ができず、途中で放棄して観客の前を飛んでくれて観客を楽しませるほうに切り替えるというハプニングというかサービスもあった。 |
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ミュージカルは昨年と同じミュージシャン(almadra)が担当したということだけれども昨年とは違うストーリーだ。
昨年は体の不自由な子が空にあこがれるというファンタジーで個人的にはとても感動的だったがやや大人向けといえたかもしれない。特にストーリーのクライマックスで曲がソプラノのアリアに変わりベゼネイが高らかに飛び回るところでは初日に見て感動してしまい飛行機が単に飛ぶのを見て感涙するなんて、と思ったがその後二日とも同じところで感涙してしまった(^^
今年のストーリーは海といるかや人魚などをテーマにしたディズニータッチのもので音楽的にも軽快な感じが強くなり年々増える家族連れを意識したような気がした。 |
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しかしエキシビジョンも視界不良のため中止になり、あとは音楽だけを流すということで結局天候に泣かされた初日であった。 |
このあと南滑走路のフライトガーデンにいき少しユルギスとスタッフの方とお話した。このとき彼はログをつけていたけれどもその厚さにはおどろいた。先日の調整飛行のときにわたしが撮った写真は一枚リトアニアに送ったとのことであった。 |
土曜日
ファイナル |
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二日目は朝から晴天に恵まれて気持ちよく演技を見ることができた。
この日は8:00ころ到着した。しかし案内されるままいくと南滑走路前の大駐車場までいくことになってしまった。
マミストフは今年はジャイロが多いようであった。シュロットは依然としてショーマンシップを発揮してくれて一人ハート(しかもブロークンハート)を書いたり、演技後に観客からサーキットの影に隠れるという技を見せたりしていた。ハートを書くのは各チームともやっていてマタドールズはハート二つを書いていた。 |
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カイリスはスタートタイミングが合わないのかスタートを二回やり直し、得意のホイール(スパイラルダイブ)からはじまりいつものごとくまたいろいろと技を見せつつ観客を沸かせていた。
チュマルのトルクロールもなかなか見ごたえがあった。ブルズは今年は上方開花のようなあたらしい演技も披露した。
またティモフィエフはわりとクラシックにまとめていた。ベゼネイも二回スタートをやり直した。音楽とのタイミングが合わないようだ。このあたりは音楽とのマッチングというあたらしいオートボルテージュのスタイルを高めようとしているかのようだった。 |
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結果はマタドールズがブルズを上回り一位で通過、ソロではユルギス、シュロット、ベゼネイという順にスーパーファイナルに進むことになった。昨日は悪天候で遅れをとったユルギスが今日あまりできのよくなかったベゼネイを逆転したというかたちだ。
午後のエキシビジョンになると雲が多くなったが、今回は最後まですべて行われた。 |
日曜日
スーパーファイナル |
最終日もとてもよい天気に恵まれた。この日は7:30にゲートインしてもぐるっとなんとP40というほぼ反対側の端っこのほうになってしまった。
このためシャトルバスで移動するはめになったが重い機材を担いでたんでかえって楽だったかもしれない。今日は場内の交通規制もある。
少し外をぶらつくと前回2001年大会の模様を記録したDVDと今回大会の音楽のCDが販売されていた。
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この日はスーパーファイナルとされているが結局全員がフライトする。ただし採点されるのはソロの上位3人と2チームだけである。他のソロパイロットはエキシビジョンフライトという扱いになる。そのせいもあってか最終日はみなのびのびと自由な感じもしたフライトであった。
フライト順はパラダックス、マミストフ、マイクロライト、青山氏のソロ、ティモフィエフ、チュマルという順でここからスーパーファイナルになりベゼネイ 20488、ブルズ、マタドールズ、シュロット 20728、ユルギス 20928となり結局ユルギスがトータル20928ポイントで一位、二位はチェコでも勝利して躍進目覚しいシュロットで20728、昨年の覇者ベゼネイは3位にとどまった。 |
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午後は昨日よりも良く雲が少ないが風でパラダックスが飛べないというハプニングもあった。
ミュージカルの最後はカーテンコールよろしく各機体がローパスしていくのだが、最終日には特別に全機によるフォーメーションフライトが行わた。ふだんはソロで飛んでいる彼らのフォーメーションは珍しいもので、その壮大なブレークによって最後を締めくくった。 |
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この日は最後に表彰式がありそこでもパイロットたちの素顔をみることができる。 |
表彰式・まとめ |
今回は競技がおこなわれるエアスペースは昨年と同じだと思うが、今年は観客前をパスするときの高度がわりと高めで手前のメインストレートでなくパドック・ピットレーン側を使った。またストレートエンド側の観客席は日曜の満員の客でも開放していなかったし、昨年のようなローフライトによるテープカットはなかった。
ただスカイスポーツが、底辺を拡大するためにはまず一般の理解を得るため安全性をアピールする必要性があるのでこうした措置は必要なことであると思う。
またパラダックスが飛べなかったように現実問題として風がややつよくて低空ではタービュランスが出ていたこともあるかもしれない。
今回の大会の流れとしてはユルギスとベゼネイの二強の時代から完全にシュロットも交えた三強の時代になったといえる。
またこの三人は実に仲良さそうで、表彰式のときもお互いにこずきあったりしていた。(下記左側写真をクリック)
スカイスポーツはかなりビジネス化の進んだモータースポーツとも異なり、純粋に楽しむという精神が大きく生きているような気がする。今大会でいちばん楽しんだのは我々ではなく、パイロットの彼らだったのかもしれない。
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個人的にはわたしが写真を提供している関係で今回はいろいろなスタッフやパイロットに会うことができた。
ユルギスとは富士川の調整飛行のときからお話することができてきさくな人柄を知ることができ、また食事からしても大の日本通ということが分かった。
またFWGPAのスタッフにも会うことができた。彼らはスイスから来ていて会長のジャン・モネさんを中心に家族でやっているようだ。そこでFAIのジャンバーやキャップをいただいた(^^
最終日にはブルズのスタッフのマーチンさんにあって以前頼まれていた彼らの日本での情報の掲載誌を提供してあげたりもした。パイロットのみならずこうしたスタッフの方たちもとても快活ですばらしい人たちばかりであった。
最後にこのイベントにかかわったすべてのひとたちに感謝の言葉を述べたいと思う。
リトアニア、スイス、チェコ、ハンガリー、ドイツ、、まさに世界各地へいったんちらばってしまうが、また来年このもてぎの空の下に終結してくれることを楽しみにしている。 |
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